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変えよう!会創立総会における宇都宮健児元日弁連会長の発言要旨

設立総会での宇都宮健児元日弁連会長の発言要旨を掲載しました。

日弁連会長として給費制問題に全力で取り組んだご経験を踏まえ、法曹人口問題への取り組みのあり方等について語っていただきました。ぜひ御覧ください。


◆ 2010年、2011年の任期を振り返って、いま思うことは?

私は、弁護士になってから、サラ金・クレジット問題、多重債務問題の背景にある貧困問題、これらに特化した取り組み、地べたを這うような活動をやっていた弁護士です。
日弁連となりますと、私が取り組んでこなかったさまざまな分野、とりわけ、刑事弁護問題とか国際人権、それから、任期中に東日本大震災の原発事故が起こりまして、そういう問題の対応というのは、まさに、日本が抱える全ての問題について、日弁連として関与していく。そして、さまざまな声明や意見書を出すわけです。
私は、そういう声明や意見書というのは、もちろん専門委員会とか専門の対策本部が出すわけですけれども、対外的には、私がいろいろ声を出していかないといけないので、いったん自分に血肉化して、自分の言葉として語らないと、日弁連の意見が一般の市民、国民に届かないなと思って。そういう思いで、いろいろな決議とか声明を受け止めました。
そのときに出したあらゆる声明とか、あらゆる意見書というのは、私のその後の弁護士活動とか、一人の市民、国民として生きていく上で、大きな指針になっていると思います。そういう意味で、大変貴重な経験をさせてもらいました。

◆ 給費制の廃止1年延期に至る経過は?

私は、日弁連会長選挙の際に、北海道の旭川弁護士会から沖縄まで回りました。10月から11月、12月の初めにかけて、1日に3カ所くらい回ることもありました。これは非常に重要な活動でした。全国の会員が、どういう問題を抱えて、どういう意見を持っているか、非常に聞く機会になりました。
各弁護士会を訪れたときに、若手の人が懇談会に来てくれたのですが、そこで、若い弁護士さんが多額の借金を抱えているということが分かったんです。「俺は400万円抱えてる」、「私は600万円」とか、「弁護士会に登録する前に、自己破産の申し立てで借金を消しておけばよかった」とか、「自分が最初にやる事件は、自分自身の自己破産申立事件じゃないか」と言う若手弁護士がいて、私は、びっくりしたんです。「なんだ、それは」と。
私は、サラ金事件をやっていた弁護士なので、借金の問題に非常に敏感です。これから、弁護士としてスタートするのに、最初の事件が自分自身の自己破産申立事件になるかもしれないとか、弁護士登録する前に免責決定を受けておけばよかったなんていうのは、とんでもない事態だと思いました。あちこちで同じことを聞きました。
しかも、2010年の11月から給費がなくなり、貸与制になる。さらに借金が300万円、加わるわけです。これは、深刻な問題だし、重要な問題だということを、全国各地を回る中で、肌で感じました。
だから、2010年のわれわれの選挙の明確なスローガンは、「合格者数減、1500人へ」というのと同時に、「給費制の維持、修習資金貸与制阻止」、この二大目標を掲げました。
そこで、会長に当選した最初の4月の理事会で、給費制対策本部を立ち上げたわけです。3千万円くらいの予算を取りました。ただ、給費制廃止の裁判所法改正の施行日はその年(2010年)の11月1日に決まっていたので、給費制を維持して貸与制を阻止するための時間は10月まで、4月から10月までの約半年しかないわけです。従来の日弁連は、給費制を廃止する裁判所法の改正に賛成しているわけですから、理事会では、有力な理事から、対策本部をつくって3千万円も金を使って、展望はあるのかと。もう、無理じゃないか、そんな無茶なことをするなという意見を出す理事もいたわけです。
ただ、私は、クレサラ運動をやってきて、何回も法改正などもやりましたので。実現できそうだから運動するというようなものは、スケジュール闘争に過ぎません。勝つかどうか分からないけど、これは絶対許せないからやるのが闘争なんだ、だから、やってみないと分からないじゃないかということで、対策本部をつくったのです。
そのときから、ほとんど土日は地方で給費制維持の集会をやってもらって、私もほとんど全国の集会に出て。集会が終わったらデモ行進をやる。各地の集会に必ず、その地域の地方紙と、その地域の与野党問わず国会議員に参加してもらって、そういう運動を半年間しました。90回以上の集会をやるわけです。それで、徐々に国会議員の考え方も変えていったということです。
この給費制の問題で大きかったのは、日弁連だけの運動にしなかったということです。一つは、ビギナーズ・ネット。どういう運動でも、当事者が立ち上がらないと、その運動は駄目ですね。だから、当事者に一番近いロースクール生とか、若手の弁護士を中心にビギナーズ・ネットを5月に立ち上げた。
もう一つは、市民の支援グループ「司法修習生に対する給与の支給継続を求める市民連絡会」をつくってもらえた。クレサラ運動をやっていた中で、消費者運動などで知り合った人たちが、給費制を守るということは、自分たちの人権を守る弁護士を育成することにつながるんだということで、立ち上がってくれた。弁護士会だけの運動にしなかったのです。
こういう体制を組んで半年間でやって、最終的には、臨時国会が終わるぎりぎりのところで、給費制の1年延長が決まったということです。だからこれは、そういう総合的な力で実現できた運動だったと思います。
延長された1年の間に、次の制度について国会で議論してもらい、もう一度、ずっと給費制を続けていくということを勝ち取るための取り組みを強めるつもりでした。ところが、その翌年(2011年)の3月11日に東日本大震災が起きて、原発事故が起きて、さすがに4月から夏くらいの間は、本当にその問題にかかりきりになりました。給費制維持について一生懸命動こうとしても、政府の方も自民党の方もそれどころじゃないという感じになってしまった。
1年延期合意の次の年に東日本大震災が起きてしまったということも、貸与制移行を阻止できなかった大きな原因になったと思います。大変残念です。

◆ 「宇都宮執行部が給費制廃止1年延期をやったので、法務省や最高裁との間の信頼関係にひびが入ってしまって、いま、大変なんだ。そんなことをやったらダメだ。だから、われわれは、最高裁や法務省と仲良く手を取り合って、彼らの信頼を得ながらやっていく必要があるんだ。」という声もありますが?

そういうことを言っている人が、何を根拠に言っているのかよく分かりませんけれど。ただ、ちゃんと言うべきことを言う。それから、闘うべきところで闘わなければ、本当の信頼関係なんかできないですよね。
では、いま、信頼関係があって、日弁連の主張がちゃんと通せているのかというと、まったく通っていないですよね。司法修習生の給費制問題に関しても谷間世代の問題を解決できず、及び腰になっている。
やはり、言うべきことを言う。立場が違うから、彼らとは違って当たり前なのです。だけど、それはわれわれの立場で司法界を良くしようと思って言っているのですから、遠慮なく、言うべきことは言う。
それを、信頼関係をつくるということを理由として、言うべきことを言わず、日弁連がやるべきことをやらないと、結果として日弁連の立場をどんどん後退させているのではないかと、僕は思います。
非常に及び腰になって、腰が引けているので、そこにつけ込まれて、逆に、あらゆる面で日弁連の立場や姿勢が非常に後退しているような印象を受けます。そういう信頼関係は、向こうにとって都合のいい信頼関係であって、日弁連にとっては、まったく都合の悪い信頼関係なのです。
だから、いまの執行部がどう考えているか分かりませんけど、私は、ここらで喝を入れないと、どんどん、後退に後退を重ねて、市民の権利が守れず、市民のための司法が実現できないという感じがします。

◆ 法曹人口政策会議を立ち上げたのはなぜか?

法曹人口の問題というのは、日弁連会長選挙に立候補するときのメインのスローガンです。合格者を1500人にすると。それを実現するためにも、まず、日弁連の体制を固めなければいけないわけですね。合意を形成しなければいけない。
先ほどの給費制維持問題と貧困問題については対策本部をつくったのですけれども、法曹人口問題についても日弁連としてのこれまでの政策を転換する合意形成をやるための会議、委員会が、必要だということです。比較的早い段階で法曹人口政策会議を発足させました。
法曹人口政策会議は、激しい議論がされて、とても面白い会議でしたけれども、ああいう会合をつくっていくことによって、いままで、派閥みたいなものがあって、その人たちだけの意見で回っていた日弁連の意見が、実は、日弁連の多数の人が参画して決めたものではないということが、2年もかかってしまいましたけれども、徐々に明らかになっていったと思います。
そういう意味では、最後は、会議のメンバーがみんな、納得するようなかたちでうまく決められたのではないかなと思います。

◆ 法曹人口政策会議は、必ずしも、宇都宮さんの意見に賛成する人ばかりではなくて、積極的に人口増を唱える人たちも、委員の中に入っていた。反対派の意見を委員会から締め出そうとは考えなかったのでしょうか?

日弁連の全体的な状況を見ると、そういう締め出してやれるような状況ではなかったと思いますね。それと、私は確かに会長には当選したけど、相手方候補を支持する人は、私と同じくらいいるわけですね。
それも合わせて、日弁連として発信していかないと強力な力になりません。だから、通った後は、もうノーサイドだと。日弁連一丸となってやらないといけないということを、私は会長に当選したときにも話しました。
法曹人口についても、主流派というのは、いままで政権を担ってきたわけなので、それをバックアップする人もいて当然なのです。その人たちも入れて議論するところに意味があると思います。議論した結果、一つにまとまったら、それで団結をして、次にその政策の実現のために動けるということです。
それを、一方だけを集めてくるというのは、運動の力を弱めると思います。平場で自由に議論をやって、まとまったら一緒にやろうじゃないかと。そういう運動の工夫をしないと、運動論的に非常にまずいのではないかと思います。日弁連全体となって、一丸となる。
それから、民主的に、堂々と議論をして、かみついても、激論をやっても、罵倒してもいいんです。そのくらいやった方が、また、まとまったときに、一丸となってやれるのではないかと思います。それを、議論を恐れたら駄目ですね。弁護士というのは、一番言論でやらないといけないので、そんな、がたがた批判されることを恐れてどうするんだということです。
だから、合格者数減に賛成する人だけで委員会を構成するということは、そうじゃない人たちの意見を聞かないことになりますから、結果として、それは日弁連のまとまりを欠くような結論になってしまう。だから、その辺は、会長になった場合は配慮すべきだと思います。全体の意見を、やはりちゃんと真正面から受け止めて、そして、合意形成を図るということが、運動の上でも重要ではないかと思います。

◆ 法曹政策人口会議は、時に、大変激しい議論も経ながら、最終的に2012年の3月に、理事会決議としてまとまった。そのまとまった内容というのが、司法試験合格者数を、まず1500人にまで減員し、さらなる減員については、法曹養成制度の成熟度や現実の法的需要、問題点の改善状況を検証しつつ対処していくということであった。実は、このときに1千人を切っておいてくれればよかったのにという声を聞くことがあるが?

あのときの議論の状況は、僕は、1千人でというのは、ちょっとなかなかまとまりにくかったのではないかと思うんです。だから、まず1500人にして、そして、その後の状況を見て、そこのさらなる減員というところに、1千人を求める会の数とか、それを示していますので、そういう会が多いことは、決議文を読んでもらえれば分かると思います。片方で、主流派を支持していた人もいるわけなので、しかも、私自身が立候補するときに、1500という数字を出して立候補していますので、あのときの合意としては、そういうまとめ方しかなかったのではないかと思っています。

◆ 審議会の委員や政治家の意見を変えていくために、いま、何をやればいいのか?

法曹人口政策会議で結論を出した直後、僕は日弁連会長(2012年度、2013年度)の選挙にもう一回チャレンジして落ちたのですけど。日弁連が、意見を言うだけでは世の中が動くはずはないので、日弁連が合意形成して出した人口政策を実現するための対策本部をつくるべきだと思っていました。そして、対策本部は、審議会の委員や、国会議員にも影響を与えるような活動をする必要があった。
日弁連は、対策本部をつくり、対策本部を通じて、法曹人口の拡大政策が採られてきた結果、どういうゆがみが出てきているか等について、市民や、メディアにちゃんと伝えていくような活動をすることが、実は重要だったのではないかと思います。
今日の「変えよう!会」のパンフレットに載っていますね。法曹人口が増加した結果どういう問題が生じているのかとかいうことについていろいろ書かれています。これは、「変えよう!会」の弁護士や一部の法曹関係者は、よく分かっているのだけど、一般の市民の共通の認識になっていないですね。
本当は、これを日弁連がやろうと思ったら、ちゃんと対策本部をつくって、いろんなシンポジウムをやったり、メディアとの懇談会をやったり、もちろん、消費者団体や労働団体、市民団体などと懇談会を行って理解者、賛同者を広げていく。そういうことが必要なのではないかと思います。
弁護士が自分たちの中で、これは大変だ、大変だと言っても、それはなかなか世論になっていないですね。これを、法曹人口についての、日弁連の政策が結果として市民の人権を守る。それから、ちゃんと市民の要請に応える司法をつくることになるんだ。この理解をどう進めるかということは、非常に重要ですよね。
だから、院内集会なんかも、この問題で、日弁連がちゃんと音頭を取って、やるということも重要だと思います。
法曹人口問題をちゃんと多くの国民に理解してもらって、人口増を抑制していくような政策を採らせるための対策本部なり、運動推進チームを日弁連の中に、まず持たないと駄目ですね。
日弁連は、決議をしたら、満足してしまい、それで終わるのが問題なんです。決議はスタートに過ぎないんです。その決議を実現するための運動をどうやるかということが重要なのです。だから、法曹人口問題について、日弁連は、その後の運動体をつくらないといけなかったと思います。
もう1期、やろうと思ったのは、この法曹人口問題を運動化するということが、一つの大きな目標でした。
宇都宮執行部の後、そこでぱたっと止まってしまった。法曹人口についての政策が決まったけれども、その実行部隊がない状態になってしまった。
やはり、世の中を変えていくには、地道に院内集会を開いたり、市民集会をやったりして、それがメディアに下りて、世の中のある程度の部分の人に、いまの弁護士の数が、こんなに急激に増えていくというのは、法曹そのものを、何か非常によくない方向に変質させるかもしれないし、弁護士自治まで損なわれるかもしれない。
そういう認識がきちんと、この国のある程度の部分の人に共有がされているという状態まで持っていかないと、さらなる合格者減は、実現しないのではないかなと思います。
なぜか、法曹人口に関しては、これだけ明白な事態になっていても、ロースクールを維持するためという力が働いて、非常に大きな変革につながらない。
公認会計士の場合なんかは、いったん合格者を減らしてということが、割と簡単にできたのですけれども、そういうことが全然できていない。とにかく、世の中、世論を変えなければいけないと思います。

◆ これからの課題は?

もともと司法改革は、官僚司法、裁判所や検察も含む、そこの改革だったはずなのに、法曹人口の問題しかり、ロースクールの問題しかり、弁護士の問題になってしまっている。この間、官僚司法はまったく変わっていない。最高裁は事務総局を中心に裁判官人事をコントロールして、ヒラメ裁判官ばかりをつくっている。三権分立制度も、日本の司法は極めて行政追随で、権力追随ですね。
トランプ大統領が、イスラムの関係諸国からの入国を禁止したときに、アメリカの地裁の裁判官が、それを仮処分で止めましたよね。それに対してトランプが、「あれはオバマの判事だ」と批判した。これに対して連邦最高裁のロバートソンという保守派から選ばれた最高裁長官が「ここにはオバマの判事も、トランプの判事も、ブッシュの判事もクリントンの判事もいない。」「ここにいるのは、法廷に現れた人たちに平等な権利を遂行するために最善を尽くしている献身的な判事たちのたぐいまれなる一団だ」と直ちに反論の会見をやりましたけれども、こういう気概のある司法を育て切れていないということです。
だから、そこの改革をどうするんだということを、実は一番大きな課題を忘れているということで、ぜひ、そのことを考えていっていただきたい。この官僚司法をどのようにして変えていくかということですね。
それから、刑事弁護の件は、いろいろ改善されているのですけれど、有罪か無罪か争う場面は、一生懸命、日弁連として取り組んでいますが、服役した後の出所後の人の支援というのは、もっと弁護士会全体としてやれないものかということを考えています。
その後の生活支援がないために刑務所と外の世界を往復をしている人が多くて、刑務所が福祉施設になっているわけです。この前も私の事務所に、「いま、府中刑務所を出てきたところです。このままでは、生活ができないから、生活保護を申請しようと思うのですけど、どうしたらいいでしょうか」という電話が、かかってきました。だから、生活保護の法律相談ネットワークを通じて、弁護士さんを紹介したのですけど。そこの問題を、もっと、弁護士会は取り組むべきだし、取り組んでほしいなと思っています。